2012/07/27

開催にあたって

第13回学術大会:
「宗教、心理学、そして一人称の科学へ:トランスパーソナル体験の探求方法を巡って」
開催にあたって
濱野清志
京都文教大学臨床心理学部教授
学術大会事務局長
 トランスパーソナル心理学の祖、ウィリアム・ジェームスが示したように、トランスパーソナルな体験の探求には、個人の信念に基づく宗教でもなく、自然科学に範をおく心理学でもない、新たな方法論が必要とされています。認知科学と仏教の対話で近年注目されている「一人称の科学」はそうしたトランスパーソナル体験探求のための新たな方法論と位置づけられるでしょう。今年の学術大会では、Somatics研究の第一人者であり、ユージン・ジェンドリン博士とともに「一人称科学の提唱(Proposal for an International Group for a First Person Science)」で一人称の科学の必要性を呼びかけたドン・ハンロン・ジョンソン博士による基調講演を出発点に、トランスパーソナル体験の探求方法のあり方を探っていきます。

さて、ジェンドリン博士、ジョンソン博士の両氏が「一人称科学の提唱」へと共同の呼びかけを行ったその背景は、ともに身体を個々人のかけがえのない個別の体験の生まれる源泉とみなしたからにほかなりません。この身体に生じる体験のかけがえのなさは、体験を生む基盤となる身体そのものの物理的メカニズムの探求からはみえてきません。

トランスパーソナルな体験は語り合うことのできるものではありますが、それらの体験を位置づける客観的な地図は提供しづらい。むしろ、そういう地図を探そうとする努力が、かえってトランスパーソナルな体験の最も大切な部分を削ぎ落として疑似科学化してしまい、議論を見えにくくしてきたのではないでしょうか。トランスパーソナルな体験は、まさにトランスパーソナルということばの指し示すとおり、一個人内で完結した体験ではなく、ひとりの人間が生きてきた歴史としての時間と暮らしてきた場所としての空間的つながりの中ではじめて意味をもつ、一回性の体験です。

それは、身体としての自分自身を含めた環境世界を自分の生きる場所として主体的に生きる個人の体験として捉えられなければなりません。そして、そのように体験を捉えたとたん、その主体的な一手が、自身の進みゆく道の新たな環境要因としてつけ加わり、はたらきはじめます。そのとき、一人称の科学の視点は、今、ここに展開しているできごとに付きしたがいつつ、そこで得られた経験を主体として受けとめ、次の一歩をすすめる重要な情報源とする、その循環的、螺旋的な人生の展開を事実に即して捉えようとしはじめます。

このように見ていきますと、もはやトランスパーソナルな体験は日常の体験と隔絶した特殊な体験ではなく、日常世界と地続きの、延長線上にあるということも理解できると思います。あらゆる体験を一人称の科学の視点から見直すことによって、そこに潜在するトランスパーソナルな体験を浮かび上がらせることができる、あるいは逆に、あらゆる体験の背景にトランスパーソナルな体験がある、ということもできるでしょう。

今大会において、一人称の科学という視点を軸に、トランスパーソナル体験を大いに語り合い、その意義を確かめ合う場となることを願ってやみません。多くの方が大会に参加されることを願って、ご挨拶にかえさせていただきます。